L'Eau froide

nanayoshi's 100 things I love.

nana yoshida

director / editer / writer

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16.05.1

#005

Music

Fake Plastic Trees

ロンドンからエディンバラへ向かう旅

乗客のいないがらんとした車内 

車窓にはまるまるとした羊の群れと どこまでも広がる夕日 
北へ北へ 静かに走る列車

窓の外を見ながら うとうとしかけた頃、
目の前に座っていたおじさんが話しかけてきた

「どこから来たんだい」
イヤホンを外す。
「東京よ」 と小さく笑って答える

「東京はすげえ街だよな」とおじさんはすきっ歯をむき出して笑った
「おじさん、東京に来たことあるの?」と私

「ない。ないが、日本が大好きだからネットで良く調べている」

おじさんはそのあと色々な話をした
おじさんが働いている工場が来年で創立30周年になること
5年前に離婚して子供にもあまり会えないこと

今はマンチェスター近くのアパートに一人で住んでいること

日本の町で知っているのは マルノウチとキョウトとオオサカ
日本人は主人に仕える気持ちがすごいこと
そしてよくお礼を言い、よく謝る人種だということ
なまりがひどくて 聞き取りにくい英語だった。

おじさんはやがて ため息交じりに
私の黒い瞳を見つめ、神秘的でセクシーだと言った

そして私を「今日買った最高級の、普段お目にかかれないようなハムがあるから」
と家に誘った。
だんだん話すのも疲れてきたし いいタイミングだと思って
無言でイヤホンをして窓の外を見つめた

いつの間にかどこまでも続いていた夕日が沈み
空には星が輝きだしていた
返事をしなくなった私を見て おじさんはポケットからスコッチのボトルを取り出した

「×××?」

イヤホンを外す。

「え?」

「飲むかい?」

スコッチを差し出すおじさん

「私はブッディストだから30歳までお酒はのまない」

「そうか、そうだったな。ブッディストは30歳までお酒を飲まない。良く知っているよ。そうだそうだ。おじさんは日本ツウなんだ」
おじさんははにかみ、スコッチのボトルをポケットにしまった

またうとうとして いつの間にか眠りについた私
いつの間にかおじさんも眠りについていた

しばらくしてどこかのローカルな駅に着いた時
おじさんは慌てて目を覚まし、荷物を詰めだした

足早に車外へ飛び出すおじさん

「良い旅を」
と親指を立てた
「サンキュー」私もウインクで返す

開いた扉から おじさんの姿と引き換えに冷たい風が入ってきた

“もうすぐ、エディンバラに着く。”

マフラーを鼻のあたりまで上げる

耳には三巡目の Fake Plastic Treesが流れていた