L'Eau froide

nanayoshi's 100 things I love.

nana yoshida

director / editer / writer

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16.05.1

#004

Book

God Bless You, Mr.Rosewater

≪1≫
生者と死者とを問わず、すべての人びとの存在はたんなる暗合であり、
そこに解釈を加えるべきではない。

≪2≫
たくさんの、たくさんの良いものを、ぼくは買いとった!
たくさんの、たくさんの悪いことと、ぼくはたたかった!

≪3≫
「わたしたちがいつも何を話していたか、ご存知ですか?」
「いいえ。主人にはたずねないほうがいいかと思いまして」
「アメリカの歴史ですよ!よろしいか、ここに重い心の病にかかった男がいる。とりわけ、彼は母親を殺したことがあり、また、恐ろしい暴君を父親に持っています。ところが、その彼に、好きなように心をさまよわせなさいとすすめると、いったいなにをしゃべりだすと思います?
アメリカの歴史ですよ」

≪4≫
「でも、あなたはそこでなにをなさるつもりなの、エリオット?」
「ぼくはこの人たちのめんどうを見ていこうと思うんだ」
「それは―それはとてもいいことね」
シルヴィアはわびしげにいった。
「ぼくは、この人びと、このアメリカ人を見ていると、こんな気がするんだよ」エリオットはつづけた。「連中は自分自身のめんどうさえ見きれなくなっている―なぜなら、連中には“使い道”がないからだ。工場も、農場も、川のむこうの鉱山も―どれもいまではほとんど完全にオートメ化されちまった。おまけにアメリカは、戦争にさえこの人たちを必要としなくなった―以前のようにはね。シルヴィア―ぼくは芸術家になろうと思う」
「芸術家?」

「ぼくは、この見捨てられたアメリカ人たちを愛していきたい―たとえ彼らが役立たずで、なんの魅力もなくてもね。それがぼくの芸術ってわけさ」

≪5≫
Z氏について―彼もまったくもって病気である。なぜなら、彼は著者がこれまでに会ったどんな人間にも、まったく持って似ていないからだ。彼はホームタウンを決して離れようとしない。ときおりインディアナポリスまでのごく短い旅行をするだけで、その先まで足をのばすことはない。彼はホームタウンを離れてないかに見える。なぜなのか?

きわめて非科学的な観点をとるならば(そして、こうした症状を見たあとでは、医師は科学に嫌悪をいだくものだが)―そこが彼の〈目的地〉であるからだ。

≪6≫
…傷ついた昏迷と、つぎに絶望が、上院議員の顔を紅潮させた。

「エリオットがめんどうを見てやっているあの連中に、一つでも取り柄があるなら教えてくれんか」
「いえません」
「だろうと思った」
「秘密なことですから」
議論を強いられたシルヴィアは、もうここまででやめてほしいと訴えているのだった。上院議員は、自分がどれほど残酷なことをしているかに気づかずに、なおも食いさがった。
「おまえはいま友だちの中にいるんだよ―かまわないから、その重大な秘密というのを話してごらん」

「その秘密は、あの人たちが人間ということですわ」
シルヴィアはそう言いきり、ちらとでも理解の表情にめぐりあえないかと、一同を見まわした。そんなものはどこにもなかった。彼女が最後にのぞきこんだのは、ノーマン・ムシャリの顔だった。ムシャリはおぞましいほどこの場に不似合いな、貪欲ですけべったらしい微笑みを、彼女に返した。
だしぬけにシルヴィアは席を立ち、バスルームにとじこもって泣きくずれた。

≪7≫
「じゃあ、もうこれでぐっすり眠れるね、ダイアナ?」
「おかげさまで。ああ、ローズウォーターさん、あなたの銅像をこの町の真中に建てなきゃいけねえです。ダイヤと純金と、お金で買えないぐらいすてきなルビーと、まざりけのないウランでできた銅像を。あなたには、立派なお家柄と、りっぱな教育と、お金と、おかあさん仕込みのいいお行儀があるのに―どこかの大きな町で、楽隊の演奏とみんなの拍手をうけて、国の偉いさんたちとキャデラックを乗りまわせるのに。なろうと思えば、あなたはこの世界のいちばん偉い人になって、貧乏なローズウォーター郡のぐずでまぬけな人間どもを、虫ケラみたいに見おろすこともできたでしょうが」

「まあ、まあ―」
「あなたは下っぱのものを助けるために、ひとの欲しがるものをみんな捨てなさった。でも、下っぱのものはそれを知ってますだ。ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを。おやすみなさいまし」

『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』
カート・ヴォネガット・ジュニア/浅倉久志訳