L'Eau froide

nanayoshi's 100 things I love.

nana yoshida

director / editer / writer

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23.02.28

#065

Book

聖女

昼食時が過ぎると、ローマは八月の睡魔に負けてしまうのだった。正午の太陽は天頂に留まって動かず、午後二時の静けさのなかで聞こえるのは、ローマの自然な声とも言うべき水音だけだった。けれども夜の七時ごろになると、ようやく動きだした涼しい空気を取り入れようと、窓という窓が一斉に開け放たれる。すると多くの人々が、オートバイの爆音やスイカ売りが叫ぶ声、テラスの花のなかから聞こえる愛の歌が渦巻く通りに嬉々として繰り出すのだが、その目的は生きることに他ならなかった。
 テノール歌手とわたしは、昼寝をしないのが習慣だった。二人は彼のベスパのバイクに乗り、彼が運転しわたしは後ろに跨って、夏場の娼婦たちにアイスクリームやチョコレートを配達した。彼女たちは真昼の日差しの下で眠れずにいる観光客を求めて、ヴィラ・ボルゲーゼの樹齢百年を超える月桂樹の木立の陰で蝶のように羽ばたいていた。あのころのイタリア女の多くと同様、皆美しく、貧しく、優しさに満ちていて、青のオーガンジーやピンクのポプリン、緑のリンネルの服を着て、先の戦時中に虫食いだらけになってしまった日傘で日差しを防いていた。彼女たちと一緒にいると、人間ならではの喜びを味わえた。というのも、職業上のルールを飛び越え、損を承知で乗客を逃し、われにガロッパトイオの馬場で馬を走らせて楽しむ、王位を失った国王たちとその悲劇の愛人たちに心を痛めたりしたからだ。彼女たちのために、道を踏み外したアメリカ人の通訳を務めたことも一度や二度ではなかった。

『聖女(ガルシアマルケス中短篇傑作選)』より
ガブリエル・ガルシア=マルケス 著 / 野谷 文昭 訳