L'Eau froide

nanayoshi's 100 things I love.

nana yoshida

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21.03.20

#059

Book

豚の戦記

想像したことと夢に見たことを後で区別するのは難しい。人の世は夢、と言うが、初めてその意味が分かったような気がした。かなりの年月を生きると、その間のいろいろな体験は夢で見たものと同じように他者に伝達しえないものになってくる。関わりがないからだ。同一人物が、死んでからは、生き続けている人にとっては夢の中の人物となる。だが、説得力はあっても聴き手がいないのが夢の宿命だ、生者の中で消滅し忘れ去られる。息子という聴き手を得てしっかり耳を傾けてもらえる父親もおり、かくして子供の天真な想像の中で死者は生命の最後のエコーを回復するわけだが、それもやがて消え去り、かつて存在したことなど嘘のようになる。自分は恵まれている。自分にはネストル、ジミー、アレバロ、レイ、ダンテという友達がいる、とビダルは呟いた。実際は夢を見ていたに違いない、と言うのは、その時入り口を叩く者があってはっと驚いたからだ。部屋は真っ暗だった。彼は髪に手をやり、ネクタイを直してからドアを開けた。男の姿が二つ、ぼんやりと見えた。

『豚の戦記』 ビオイ・カサレス(著)/荻内勝之 (翻訳)