L'Eau froide

nanayoshi's 100 things I love.

nana yoshida

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20.10.11

#057

Book

牧歌11 大地の不思議な音楽

ガラスにハエがぶつかって羽ばたくブズギムという音、
ゆりかごのまわりで足をくすぐる微かな音とともに、
音の世界、不思議な音楽が、私たちのなかに目覚める、
そして、墓地の沈黙にいたるまで伴奏する。

昔ながらの糸車の音、井戸の桶のひびき、
あるいは、冬ー遠くの橇のやわらかな鈴音、

そして、戸のきしむ音、犬の吠え声、
地ならしのローラーの音、亜麻をほぐす回転軸の重い音、
踏みかためられた粘土地のうえをゆく馬の脚音・・・・・
また、夕方ー遠くに聞こえる民謡の歌声、
あるいは、菩提樹の密生地のカブトムシのブンブン、
クローバー畠の最後のひと振りが切る鎌の音。
あー、風との接触、生温かい靄との触れ合い、
落ちてくる雨のしずくの屋根を打つ音、
木の葉のそよぎ、臆病なヤマナラシの木の震え、
松林に降りかかる秋の雨、
傍らを行き来するツバメの飛行、
耕地に深く食い込む木の根っこー
これらの音は、いつも、ほかの囁きを残していく。
そして、杭を打つ音、森のギィーときしむ音、
脱穀機の唸る音、わら束の置かれた納屋の物音、
ライ麦畠の刈り入れ機の騒音ー
それらは、いつも、いつも、ほかの音を残していく。

そして、墓地にいるとき、緑の松の木の下にいるとき、
ああ、そのときの、そして、その最後の瞬間の静けさにも、ー
あるいは、墓の鐘の音が消え、
門が固く閉められ、閉ざされたときにもー
ああ、それは、決して、沈黙はしていない、
それは、よく知られている、交響曲、
終わっていない音の紡ぎが、君の耳に歌いこむ、ー
それは、響いて、谺する、驚くべき大地の音楽、
木の根による、黒い土の手による、
太陽の弦による
音楽。

『ジョナス・メカス詩集 セメニシュケイの牧歌』
ジョナス・メカス (著)/村田 郁夫 (翻訳)