L'Eau froide

nanayoshi's 100 things I love.

nana yoshida

director / editer / writer

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16.07.24

#030

Book

Winesburg, Ohio

ネッド・カリーがいなくなってからというものは、数年間、アリスは日曜にもほかの青年たちと林の中へはいってゆくこともなかったが、彼がいなくなってから二、三年たった頃の、孤独が耐えきれなさそうに思えた或る日、彼女は晴衣を着て、出かけていった。
彼女は町や細長くつらなっている畑地が見渡せる、木立に囲まれたちょっとした場所を見つけて腰をおろした。むなしく年をとってゆくことへのおそれが彼女の心をとらえた。彼女はじっと坐ってはいられなくなって、立ち上がった。立ってあたりの景色を眺めているうちに、なぜか、おそらくは季節の移り変わりに示されている、止まることのない生命の流れのことでも想い浮かばせられたからだろうか、過ぎてゆく歳月がまざまざと彼女の心に映った。
彼女は恐怖の戦慄とともに、自分にはもう青春の美も、新鮮さも、過ぎ去ったことを悟った。初めて彼女は欺かれたという感じがした。けれども彼女はネッド・カリーを責めはしなかったし、誰を責めていいかもわからなかった。悲しさが彼女の全身をひたした。彼女はパタリと膝をついて、祷ろうとしてみたが、祷りの代わりに抗議の言葉が口をついて出た。

「もうわたしには青春は来てくれそうにもない。わたしには絶対に幸福が見いだせないのだわ。自分を欺いてみても、しかたがないではないか」

と彼女は叫び、それと同時に、この、今では毎日の生活の一部になってしまった不安に当面しようとする初めての大胆な試みとともに、奇妙に救われたようなおもいが彼女を訪れた。

『ワインズバーグ・オハイオ』
シャーウッド・アンダーソン/橋本福夫訳