容疑者の夜行列車
…つまり、三人で決めるしかない。二対一で、僕の勝ちだ。僕は残る。おまえが降りろ。
何を馬鹿なことを急に言い出すんだ。俺は初めから乗っていたんだぞ。
座席の予約もした。寝巻きもちゃんと持って来た。どうして俺が降りるんだ。
誰も降りなくていいんですよ。
え?
寝台が4つあるのに、どうして、わたしたちはいつも、一人、降ろそうとして戦うんでしょう。
邪魔な奴がいると眠れないからだ。
眠りの中では、わたしたちは、みんな一人っきりではありませんか。夢の中では、窓から飛び降りてしまう人も、出発地に取り残されたままの人も、もう目的地に到着してしまった人もいます。わたしたちは、もともと同じ空間にはいないのです。ほら、土地の名前が、寝台の下を物凄いスピードで走りすぎていく音が聞こえるでしょう。一人一人違うんですよ、足の下から、土地を奪われていく速さが。誰も降りる必要なんかないんです。みんな、ここにいながら、ここにいないまま、それぞれ、ばらばらに走っていくんです。
『容疑者の夜行列車』
多和田葉子