THE HEART OF THE SPRING
…それはすべての物が宝石を刻んだ如くに見える、温な、美しい夜の一つであつた。
スルウスの森は遠く南に至るまで緑柱石を刻んだ如くに見え、それを映す水は亦青ざめた蛋白石の如く輝いてゐた。
少年の集めてゐる薔薇は燦めく紅宝石ルビーの如く、百合はさながら真珠の鈍い光りを帯びてゐた。
あらゆるものが其上に不死なる何物かの姿を止めてゐるのである。
ただかすかな炎を、影の中に絶えずともしてゐる蛍のみが、生きてゐるやうに思はれる。
人間の望みの如く何時かは死する如く思はれる。
『春の心臓』
ウィリアム・バトラー・イエーツ/芥川龍之介訳